昭和の大横綱! 千代の富士について

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ウルフ、早すぎた死 元横綱・千代の富士の歩み

北海道福島町生まれ。1970年秋場所で初土俵を踏み、81年名古屋場所後に第58代横綱に昇進した。度重なる肩の脱臼などに耐えつつ、小兵ながら豪快な上手投げで土俵に君臨しファンを魅了。「ウルフ」「小さな大横綱」などと呼ばれた。

89年9月に角界で初めて国民栄誉賞を受賞。91年夏場所限りで引退した。同場所で当時18歳の貴花田(現・貴乃花親方)に敗れたことがきっかけとされ、引退会見では「体力の限界」と涙を浮かべた。通算1045勝。

出典 http://www.nikkei.com

千代の富士1000勝目の相手が今思うこと(花ノ国)

1990年春場所7日目。前年に国民栄誉賞を受賞していた千代の富士が1000勝を達成した。この時の相手は、花ノ国だった。当時は史上初となる大記録達成とあり、今よりも注目度は高く、国民的な関心事だった。

 負けた花ノ国は支度部屋で、こうぼやいた。

 「ついてないっすよ。嫌だったですよ。やっぱり。それも地元で…。歴史に残る? それじゃ鈴木康二朗みたいなもんだ」

 「鈴木康二朗」と聞いてピンとくるのは40歳代以上だろうか。77年に王貞治に世界新(当時)となる756号本塁打を打たれたヤクルトの投手。ユーモアあふれる花ノ国の名言となった。

 花ノ国は引退後、若者頭になった。若い衆への指導や土俵の進行係を務める裏方だ。今も、初対面の人に知人から紹介される時は必ず「この人が、千代の富士が1000勝を挙げた時の相手」と言われるという。三役経験こそないが前頭筆頭まで出世し、横綱北勝海(現在の八角理事長)から金星を獲得したこともある実力者。2ちゃんねるには「史上最強の若者頭☆花ノ国☆」というスレッドまである。「千代の富士の1000勝の相手という紹介のされ方では気分が悪くなりませんか?」と聞くと「嫌な気持ちになんかならないよ。気にしてもしゃあない。笑い話だ。俺はそんな人間じゃない。気持ちは大きく!」と豪快に言い放った。

出典 http://www.nikkansports.com

元横綱千代の富士関が、61歳という早すぎる死を迎えたという残念なニュースが入ってきました。

現役時代の豪快な投げ技、そして91年の世代交代を感じさせた、当時18歳で人気急上昇の貴花田との一番、その後の涙の引退会見・・・どれもこれも印象的でした。

改めてご冥福をお祈り致します。

入門時の千代の富士!

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出典 http://image.middle-edge.jp

入門時の体重は、わずか71kg!この時、後に昭和を代表する大横綱になろうとは、誰が予想したでしょうか・・・

千代の富士と言えば、この鍛え抜かれた筋肉!

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出典 http://i.huffpost.com

千代の富士の魅力とひとつとして、この鍛え抜かれた筋肉!他の力士とは一味違う、引き締まった体格!漫画「キン肉マン」のライバル超人「ウルフマン」のモデルにもなりましたね。

Youtube動画集

千代の富士の相撲はどれも印象深いのですが、やはり貴花田との一番でしょうか。貴花田は前の大阪場所で大活躍して、人気・実力とも急上昇中!私も注目してテレビの前で見てました!まさに世代交代の瞬間を目の当たりにしたという感じでしたね。しかし・・・涙の引退会見時の千代の富士って、まだ35歳だったんですね。。。

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